みみずく先生の妖怪博士見習い日記 TOP  >  2013年11月

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小泉八雲が愛した地・島根県松江市を歩く~小泉八雲記念館・小泉八雲旧居・城山稲荷神社・ホーランエンヤ伝承館・カラコロ広場

島根県松江市は、『怪談』の作者として有名な小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が住んだ地として有名だ。


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そんな松江市には八雲関連の施設やイベントが揃っている。特に、NPO法人「松江ツーリズム研究会 」は、小泉八雲記念館や小泉八雲旧居等の管理・運営を行い、「松江ゴーストツアー」という観光旅行も企画している。松江市は、今も小泉八雲とともにあるのだ。

小泉八雲に詳しくない読者のために、「松江ゴーストツアー」のパンフレットから、八雲の情報を引用する。


「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は1850年にギリシャのレフカダで生まれ、アイルランドで育ち、アメリカ、カリブ海のマルティニーク島を経て、1890年に特派記者として来日、1904年に東京で亡くなりました。松江では島根県尋常中学校の英語教師として1890年8月30日から約1年3ヶ月を過ごし、山陰地方の霊的世界にとりわけ深い共感を抱きました。後に妻となる小泉セツも松江の出身で、八雲は生涯この地と深い絆で結ばれました。」


この紹介文からも分かる通り、松江は八雲の人生にかなり大きな影響を与えている。そのことを理解した上で松江市を巡ると、歴史と観光の街が別の顔を見せてくれる。それは、『怪談』のモチーフとなった、ちょっと怖いけれどどこか懐かしい、そんな日本人の原風景でもある。

僕が松江市を訪れたのは10月――神在月に八雲の魂とともに散策した松江市の風景を紹介しよう。


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松江市といえば、何と言っても松江城。天守が現存し、国の重要文化財にも指定されている。松江城自体も美しいが、その周辺の風景も趣深い。


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船が北惣門橋の方へ進んで行く。ゆったりとした時間の流れを感じた。


松江城の周りを散策すると、様々な人物達に出会える。


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※松江城大手門前の堀尾吉晴


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※島根県庁前の松平直政


猛々しい武将達とは異なり、もの寂しい雰囲気を漂わせる小泉八雲の後姿(笑)


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そんな八雲に関連する施設は松江城の北にある。小泉八雲記念館と小泉八雲旧居だ。


まずは小泉八雲記念館から。


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ここには、八雲の遺愛品や直筆原稿が収蔵・展示されている。八雲が愛用した文机や椅子、ホラ貝等も実際に見ることができる。ホラ貝は、セツ夫人が江ノ島で買ってきたもので、八雲が家族を呼ぶ際に使っていたとか。


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※上の写真は、小泉八雲旧居にあるレプリカ。


展示物を一通り観ると、松江のどの場所に八雲が興味を抱いたのかが分かる。彼の足跡を辿るつもりなら、一番最初に立ち寄るべきスポットだ。


次に小泉八雲旧居。


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ここは旧松江藩士の武家屋敷で、空き家となっていたところを八雲が借りて住んだのだ。


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※上の写真は、居間の室内風景。


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八雲は、今の真ん中に座って3方面の庭を鑑賞するのが好きだったという。豊かな自然を残した日本庭園――八雲はそこから随筆や小説の着想を得たのだ。僕も今の真ん中に座り3方面の庭を見渡した。心地よい秋風を肌に感じつつ庭の美しい景観に心奪われ、しばし呆然とする。そのとき、僕は確かに八雲の魂と出会っていた。


僕が訪れた最後の八雲関連スポットは城山稲荷神社である。ここは観光客の姿がまばらで、心静かに霊的な雰囲気を堪能できるパワースポットだ。


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「1638年、家康の孫である松平直政が松江に来たとき、枕元に一人の美しい少年が現れたという。その少年は「私はあなたを全ての災厄からお守りする稲荷真左衛門です。城内に私の住む場所をお作りくださるなら、城内の建物はもちろん、江戸のお屋敷まで火事からお守り致しましょう」と告げて消えた。そこで直政は城内に稲荷神社を建てたと言われている。」(引用元はこちら


このような伝説の残る城山稲荷神社は、日本三大船神事のひとつとされるホーランエンヤとも縁が深い。ホーランエンヤは城山稲荷神社式年神幸祭(式年祭)の祭事で、12年に1度開催される。


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ホーランエンヤについては、松江城の東のホーランエンヤ伝承館で詳しく知ることができる。城山稲荷神社を訪れる前に、是非立ち寄っておきたい場所だ。


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さて、小泉八雲がよく参拝したという城山稲荷神社へ、僕も足を踏み入れてみた。


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そこには、狐の置物があちこちに並んでいた。


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中でも、八雲が心から愛したのが下の2体だという。


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昔の人達は、霊的なものへの畏敬の念を抱くことで、ある意味精神的に満たされていたのだ。八雲もまた、文明開化の進んだ日本にいながら、城山稲荷神社の片隅で心の安寧を得ていたに違いない。彼は、物言わぬ狐達と心の中で対話しながら、文明社会の矛盾にも思いを馳せたのだろう。彼を魅了した狐達は、今でも僕達に大事なことを語りかけてくるようだ。

現代人は科学的の進歩を盲信し、現実世界の事象を悉く理解した気になっている。一方で、精神的に満たされない思いを抱きつつ、それを解決する術も見出せないまま、刹那の享楽に溺れたり、漠然とした不安に襲われたりする。現代社会に生きる僕達は、オカルトや似非科学に逃げるのではなく、もう一度昔の人達の感覚に目を向けてみるべきではないか?

そんなことを考えながら、僕は、八雲になったつもりで神秘的な空間を歩き回った。


最後に、夜の松江市も少しだけ紹介したい。


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※夜闇にぼうっと浮き上がる松江城。


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※左側に見えるのがカラコロ工房。


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※夜のカラコロ広場。


「カラコロ」とは、八雲の文章に因む言葉で、人々が下駄を履いて橋を渡る際に響く音を表している。八雲は、この音に深く心ひかれたそうだ。夜の松江を歩きながら、八雲が聞いた下駄の音を想像してみるのも楽しかった。


小泉八雲が愛した地・島根県松江市――八雲の魂とともに彼の地をまた散策したいものだ。(了)




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[ 2013年11月26日 13:00 ] カテゴリ:遠方 | TB(0) | CM(0)

京極夏彦・多田克己・村上健司『妖怪馬鹿』新潮文庫

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「妖怪が好きです!」

僕がそう言うと、大抵の人はププッと吹き出した後、決まって次のように聞いてくる。

「妖怪なんているんですか?」

彼ら・彼女らにとって、妖怪は「荒唐無稽なもの」「子どもが面白がるもの」に過ぎないのだ。そんな彼ら・彼女らに僕はやんわりと言う。

「妖怪は、日本社会における一つの文化なんですよ」

これで理解してくれる人もいれば、「だから何?」という表情をする人もいる。ただ、相手がどういう反応をしてこようが、僕はそれ以上深く妖怪について語らない。僕自身、妖怪に関する深い知識があるわけでないし、相手を心から納得させるだけの技術も熱意もないからだ。


一方、『妖怪馬鹿』に登場する御三方は、僕のような妖怪素人とは明らかに違う世界を生きている。知識や熱意だけでなく、根本的におかしなオーラを漂わせている(もちろんイイ意味で)京極夏彦先生・多田克己先生・村上健司先生――どなたも妖怪業界では名の通った方々だ。単に売れっ子だというだけでなく、心底妖怪を愛してやまない変わった方々である。そんな先生方を称して「妖怪馬鹿」――言い得て妙だ。


『妖怪馬鹿』の中では、僕が常日頃考えていることを、三人の先生方が詳しく、面白く、時に脱線しながら語り尽くしている。僕が変な講釈を垂れるよりも、よほど説得力がある(当然!)そんな本書の内容について、僕なりに関心を持った部分を紹介していきたい。


何よりも妖怪研究のすそ野の広さが興味深い。村上先生は、次のように述べている。


「妖怪のことを知ろうとするには、妖怪の本だけ読んでいるだけじゃ駄目なんですね。一見、全然関係ないような資料を読んで行くと、『あっ、これであの妖怪の謎が解けるじゃん!』という発見をすることがある」


「妖怪学」というと特定の研究分野のように考える人がいる。しかし、「妖怪学」の実態は様々な学問分野の総合である。このことを踏まえて、多田先生は「妖怪学=裏博物学」と提唱している。京極先生も、「自然科学の進歩によって博物学が科学に置き換わっていったときに、忘れ去られた部分」を「妖怪学」と定義している。妖怪研究をこのように捉えると、妖怪と我々の生活との密接な結びつきが見えてくる。


たとえば、本書では妖怪とポ●モンの関係について触れられている。そこで京極先生が指摘するのは、妖怪の「キャラクターという面」である。昔の人も雷を自然現象として認識していたのだろうが、その現象をキャラクター化した。ここに「雷様」という妖怪が誕生した。逆に、豆腐小僧は現象不在だが、「キャラクターとして完成している段階から妖怪になっている(京極先生)」。一方、「ポ●モンは妖怪か?」といえば「違う」と京極先生は考える。豆腐小僧とポ●モンとの間には、前者は「歴史や文化の文脈」を引きずっていて、後者は「個人のオリジナルな創作物」にすぎない、という違いがある。そこが、妖怪か否かの分かれ目だというのだ。京極説に従うと、僕達の依って立つ伝統の中にこそ、妖怪が潜んでいる、と言えるだろう。これを読んだ後、僕は自分の身の回りに妖怪を探してしまった(笑)


ただし、妖怪を面白がっているだけではいけない。妖怪が伝統の申し子である以上、人間の負の歴史とも関連するからだ。具体的には、妖怪と差別の問題だ。京極先生は、次にように指摘する。かつて差別されていた人々がいなくなると、そこにできた「空席」にいろんなものが入って妖怪が生まれる。つまり、「差別するという行為自体が妖怪を発生させている」。もっとも、全ての妖怪が差別から生まれたわけではない。京極先生は、続けて述べる。


「妖怪の起源を辿るのに困るのは、先ほど話した『空席』にいろんなものがボコッと入ってしまうということですよ。他の伝承や信仰であったり、あるいは似たような別のものであったり、動物であったり。そうするとまた全然違う『意味のライン』が引っ張り込まれてしまうでしょう」


たとえば、江戸時代の語呂合わせ――単なる語呂合わせから創作された妖怪が、その事実を忘れられて「本物」の妖怪になる。京極先生が指摘する妖怪発生の原理は、このように様々なのだ。差別から生まれた妖怪もいれば、語呂合わせから生まれた妖怪もいる。そうした起源を理解した上で妖怪と付き合わないと、思わぬところで妖怪に足をすくわれるのではないだろうか――僕は少し不安になった。


以上のように、『妖怪馬鹿』を読むと、妖怪についてとても考えさせられる。そのため、妖怪初心者にもオススメの本なのだ。


妖怪初心者は『妖怪入門』のような本を手に取りがちだ。しかし、この手の本は、新書であっても学問的色彩が強く、初心者にはハードルが高い。一方、『妖怪図鑑』の類だと、様々な妖怪の絵や解説が載っていて面白いが体系的ではない。妖怪を通して日本文化を理解する上で『妖怪図鑑』は使いにくい。


一方、『妖怪馬鹿』は対談形式で読みやすい。広範な話題を取り上げているため、妖怪の多様な姿に触れることができる。注釈も充実しているので、一歩踏み込んだ議論まで楽しめる。通読後、「この部分についてもっと知りたいな」と思う箇所がきっと出てくるだろう。そうしたら、その箇所についてより詳しい文献に当たってみると良いだろう。こうして広がっていった知的好奇心の先に、日本文化への真の理解があるのだ。


「妖怪」とは、我々の社会や文化を深く観察するための眼鏡だと思う。「妖怪」という眼鏡をかけて世界を眺めると、今まで見えていなかった側面がくっきりと浮かび上がってくる。怪しげで面白い面もあれば、暴力的で後ろめたい面もあるだろう。しかし、それらに思いを馳せ、時にしっかり考えてみることで、社会の在り方や自分の立ち位置も明確になる。妖怪は僕達を惑わすだけの存在ではない。僕達の進むべき方角に待ち構えていて、優しく導いてくれることもあるのだ。『妖怪馬鹿』は、そのことを実感させてくれる本だった。


「妖怪なんているんですか?」

この言葉に対して、これから僕は次のように応えよう。

「まずは『妖怪馬鹿』を読んでください!」


[ 2013年11月20日 12:00 ] カテゴリ:好きな本 | TB(0) | CM(2)

境港の地元妖怪「おたねさん」に想う

JR境港駅を出ると、そこは水木しげるロード。


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境港駅入り口近くでは、水木しげる大先生と鬼太郎ファミリーが観光客を出迎えてくれる。


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御大が忙しそうに原稿を書いている前を通って、線路沿いに南へ歩いていくと――


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踏切の傍に何やら奇妙なものがある。実はこれ、「おたねさん」という妖怪を祀った祠なのだ。こちらのサイト によると、おたねさんは夜道で人をたぶらかす雌狐だったそうだ。ただし、おたねさんに悪戯されるのは夜遊びをしている者だけ。真面目な仕事で通りかかった者には危害を加えなかったとか。


僕がおたねさんの存在を知ったのは、妖怪オンリー というイベントでのこと。妖怪造形家の式水下流 さんが教えてくださったのだ。

「境港駅を出て米子方面に歩いていくと、『おたねさん』という地元妖怪の祠があります。是非、見に行ってください」


水木しげるロードから外れた祠周辺は、歩行者もほとんどいなくて、道路を車が行き交うばかり。運転手は、このような場所に妖怪の祠があるとは露ほども思わないで、車を走らせるのだろう。彼ら・彼女らの視界には、そもそもおたねさんが映っていないはずだ。そのくらいひっそりと静かにおたねさんは佇んでいる。


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――この中はどうなっているのだろう?

気にはなるものの、勝手に扉を開けるわけにいかないので、横から観察する。


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「昭和五十七年七月吉日建之」――僕が生まれた年の一年前だ。ということは、この祠は、約30年前に建てられたということだ。意外に新しい。この祠は、どういう経緯で建てられたのか?伝承を後世に残す目的だったのか?僕の中で、謎が深まっていった。


――おたねさんにたぶらかされたい!!

そんな邪な思いを抱いた僕は、その夜、再びおたねさんに会いに行った。


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街灯に照らされて、手前の石棒の影がニュッと伸びる。不気味な感じがする。しかし、おたねさんは、僕を全く相手にしてくれなかった。僕は、ちゃんと夜遊びのつもりで来たのだが……(笑)


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なお諦めきれなかったので、翌朝もおたねさんを訪ねた。この執着ぶり、まさに僕はストーカーだ!!普通は妖怪の方が人間をつけ回すのに(笑)

「おたねさん、おはよう!」

僕の元気な挨拶に応えるかの如く、朝日に照らされたおたねさんは生き生きと輝いていた(ように見えた)


境港を発つ日、妖怪ショップゲゲゲ店長・野々村久徳 さんにおたねさんのことを聞いてみた。野々村さんは地元のことにお詳しいので、おたねさんについても何かご存知かと思ったからだ。が、予想に反して、「おたねさん!?聞いたこと無いなぁ……」というお返事だった。おたねさんは、地元の方々にもあまり認知されていないようだ。まさに忘れられた妖怪。


伝承を読む限り、おたねさんはどうも戒めとして創作された妖怪の可能性が高い。たとえ当初は創作だったとしても、人々の間で語り継がれ祠まで建てられている以上、おたねさんという妖怪は確かに存在していた。しかし、その存在自体が、現在では否定されようとしている。おたねさんの祠が境港駅近くに1つ残るのみで、その伝承を語り継ぐ住民もいない。


何よりも、人間の活動時間が延長されるにつれて、夜が明るくなってしまった。おたねさんの祠付近も、夜通し街灯の明かりで煌々としている。しかも、最近では、何を以て「夜遊び」と言うのかもよく分からない。中高生ですら真っ暗になってから帰宅する時代だ。大人の立場からも、子どもに「夜遊びするな」とは言いにくいのではないか?果たして、おたねさんの出る幕は無くなった。


こうして、おたねさんは存在しないことになってしまうのか?


死んだ人間であっても、他人の記憶に残り続ける限り、その人は「生きている」とされることがある。故人が生前「生きた証」を確かに残しているから、そう言えるのだ。一方、妖怪はそもそも実体が無く、「生きた証し」も無い。となれば、妖怪を生き長らえさせるには、我々人間が意識的にその妖怪について語り伝えていくしかない。おたねさんを生かすも殺すも我々次第ということだ。


おたねさんとの出会いを通して、大事なことを考えさせられた。来年、また会いに来るからね!!(了)




[ 2013年11月18日 12:30 ] カテゴリ:妖怪随筆 | TB(0) | CM(2)
プロフィール

みみずく先生@妖怪博士見習い


管理人:みみずく先生@妖怪博士見習い

都内で家庭教師業を営むみみずく先生です。日ごろ、生徒さんや保護者様とお話ししながら、密かに妖怪文化の普及に努めています(笑)

現在、家庭教師業の傍ら、在宅ライターとしてのお仕事もしています。数社から継続して依頼を受けています。ライターとしての更なるスキル向上を目指し、不定期でこちらのブログも更新しています。

妖怪関係の記事や趣味の記事がメインですが、好きな人やお店等も紹介していくつもりです。エログロ・オカルト・アングラ・サブカル等、ちょっと過激な記事も紛れると思いますが、苦手な方はそういう記事を読み飛ばしてください。

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