みみずく先生の妖怪博士見習い日記 TOP  >  2014年03月

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アーティズムマーケット:ARTiSM MARKET 02 -アンダーグラウンド展示即売会-

3月1日の土曜日、曇天の下、僕はY君とともにJR浜松町駅で下車した。男二人の目指す場所――東京都立産業貿易センター浜松町館――では、日本最大のアンダーグラウンドイベントが開催されていた。


アーティズムマーケット:ARTiSM MARKET 02 -アンダーグラウンド展示即売会-


アーティズムマーケット:ARTiSM MARKET 02 -アンダーグラウンド展示即売会-


僕達は、アングラを求めてアーティズムマーケットに参戦したのだ。開場30分後くらいに入場したが、会場内は既に人が多く熱気を帯びていた。出展者の中にお会いしたい方がいらっしゃったこともあり、僕はキョロキョロと挙動不審だった(笑)


まずはAブースへ。A-01・A-02ブースでは、「ストロベリーソングオーケストラ 」(苺楽団)が出展していた。僕はストロベリーソングオーケストラのファンなので、彼らとお会いするのをとても楽しみにしていた。彼らは「見世物パンク一座」をキャッチフレーズにして、関西(大阪)を中心に活動している。演劇と音楽とを融合させた舞台、学ラン・セーラー服姿の團員(メンバー)達は皆顔面白塗り――苺楽団には寺山修司を髣髴とさせるアングラ臭が漂っている。彼らの独特の世界観に僕は心惹かれるのだ。

とりあえずご挨拶も兼ねてA-01・A-02ブースへ。深海魚くん が僕達の応対をしてくださった。ちょうど手元にないCDがあったので、僕はそれを購入するつもりだった。その際、深海魚くんに聞いてみた。


僕「今日は座長(宮悪戦車氏)はいらっしゃらないんですか?」

深海魚くん「遅れてますけど、後で来るはずですよ」

僕「商品を買ったら、座長のサインをいただいたりできますか?」

深海魚くん「もちろん大丈夫ですよ」

僕「それなら、座長がいらしたら、また来ます!」


というわけで、CDの購入はまた後ほど。僕達はA-01・A-02ブースを後にして、他のブースを見て歩いた。


僕達が次にお会いしたのは、ツイッターで既に交流のあったみつばち寫眞館 さんだ。みつばち寫眞館さんのメンバーは、館長・白鶏さんと会計・かいさんのお二人だ。白塗りに学生服姿のお二人が、和風のものをモチーフに写真作品を制作されている。今回のアーティズムマーケットでは「おかめの四十九日」を題目に出展されていた。

みつばち寫眞館さんのブースは賑わっていたので、他のお客さんがいなくなってから、僕達はブースに立ち寄った。僕はもともと写真集『出来心』を購入予定だったので、とりあえず写真集を手に取って他の商品もチェックした(商品紹介→『出来心』

「この栞もイっちゃってますよ~」

そんなかいさんの商売上手な(?)言葉に乗せられて、栞も2種類購入。透明なプラスチック製の栞は、美しくておしゃれだ(商品紹介→クリアしおり

極めつけのオカメ缶バッジだ(商品紹介→はみでるおかめ )僕は2つ購入し、1つをY君にプレゼントした。

「これをバッグに付けなさい!」


みつばち寫眞館さんのブースを後にして、僕達は更に会場内を巡り歩いた。途中、僕はボディペインティングや釘バットアートの写真集等、フェティッシュなものやアングラなものを買い漁った。

――ここでしか買えない!!

そんな言葉が脳裏を過り、「衝動買い」という恐怖の行動に駆られてしまった僕――お財布の中が寂しくなったのは内緒の話(笑)ちなみに、ママンへのお土産として「お弁当ねこ」を購入!カワイイ~❤


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Y君も、僕につられて色々買っていた。彼は、ハリネズミの針のキーホルダーを購入した。僕を刺すつもりだな!?(笑)


僕達が会場の中ほどに行くと、そこにはサンガッツ さん・てんぐアート さん・ドル・ロッフォ さんの御三方がいらっしゃった。サンガッツさんというと、僕の中では妖怪ソフビのイメージが強い(たとえば、「音ノ怪 絵ノ怪」での物販風景→「音ノ怪 絵ノ怪@namgallery 」)が、今回はフェティッシュなソフビがメインだった。


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僕「今回は妖怪じゃないんですね」

サンガッツさん「一応、松茸師匠は妖怪ですよ」

僕「でも、このブースに松茸師匠があると、何か別のモノに見えてしまいますね」

サンガッツさん「確かに……」


サンガッツさん、下ネタすみませんでした(笑)


サンガッツさんのお隣にはてんぐアートさんがいらっしゃった。「てんぐさん、いらしてたんですか?」と僕が聞いたら、「今日は、何回も同じことを聞かれてます」とてんぐアートさんは苦笑い(笑)てんぐアートさんは、デザインフェスタ38 のときの悔しい思いをバネに、赤い手拭いを新しく制作し販売されていた。お客様の声を真摯に受け止め商品開発に反映させるその姿勢は流石です!


そのお隣にはドル・ロッフォさんがマスクを装着して座っていらっしゃった。途中でマスクを外されたので、「どうされたんですか?」と僕が聞いたところ、「マスクを付けていると声が籠ってしまうんで……」とのこと。商売人として声が籠ってしまうのはNGですね(笑)Y君が、単眼のアミグルミを見て「いいなぁ~かわいいなぁ~」と言っていた。Y君の単眼フェチが発覚!


一旦、お昼を食べるために外へ出た後、午後も会場内をグルグル巡回した。途中、嬉しい出会いも!!口枷屋モイラ ちゃんとお会いできたのだ!

午前中、思春期マーブルさんのブース付近でモイラちゃんを見かけたのだが、そこら辺を回っているうちにそのお姿を見失ってしまった。

「あのときモイラちゃんに声をかけておけばよかった……」

僕は、Y君相手にブツブツと愚痴っていた。そんなとき、蒸朧工房さんのブースにモイラちゃんのお姿が!この日、モイラちゃんは蒸朧工房さんのお手伝いで売り子さんをされていたのだ。お忙しい中、握手までしてくれたモイラちゃんに感謝感謝!


会場を何周かした後、いよいよストロベリーソングオーケストラブースへ。


僕「座長はいらっしゃいましたか?」

深海魚くん「座長です!」


深海魚くんの指し示したところには、何と座長・宮悪戦車氏が座っていらっしゃった!公演や動画での座長は、顔を白塗りか包帯グルグル巻きにしている。そのため、僕は、素顔の座長に全く気付かなかった。た、大変失礼いたしました!!


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サインを書いていただいた後、座長に握手を求める僕。


座長「お待たせしてスミマセン」

僕「ホント、スンゴイ待ちましたよ~(笑)」


僕は、座長の手をガッチリと握りしめたのだった。


今回のアーティズムマーケットでは、思いの外、沢山の出会いがあった。「アングラ」から生まれるステキな出会い――そんな喜びを実感した一日だった。


次回のアーティズムマーケットは9月20日(土)に開催予定だ。今からとても楽しみだ!


第3回 ARTiSM MARKET 2014秋 -アンダーグラウンド展示即売会-

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[ 2014年03月17日 12:30 ] カテゴリ:その他のイベント | TB(0) | CM(0)

妖怪さんぽ平将門編参加報告レポート(後編)~鳥越神社・神田明神~

※前回までの記事は、以下を参照してください。


妖怪さんぽ平将門編参加報告レポート(前編)~鎧神社・鬼王神社・水稲荷神社~

妖怪さんぽ平将門編参加報告レポート(中編)~築土神社・将門の首塚・兜神社~


都営大江戸線蔵前駅で降りた妖怪さんぽ一行――次なる目的地は、台東区にある鳥越神社だ。


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鳥越神社周辺は、僕の仕事場でもある。家庭教師先のご家庭に伺う際、鳥越神社の前や後ろをいつも素通りしている。そう、「素通り」するだけなのだ。鳥越祭を生徒達と一緒に見たこともあるが、鳥越神社の境内に入るのは今回の妖怪さんぽが初めて、という罰当たりぶり(笑)


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境内では、迫力のある狛犬様が出迎えてくれた。この狛犬たちは、奈良の手向山神社にある鎌倉時代の神殿狛犬が原型だとされる。普通の狛犬と見た目が異なるのにも理由があるのだ。


さて、鳥越神社と平将門との関係はというと……将門の生首がこの地を「飛び越え」たことから「鳥越(とりごえ)」の地名が生まれたとか!ただ、この伝承は鳥越神社公認ではない。実しやかに囁かれる将門伝説と言ったところか?

以前、「将門の首飛び越え」伝説を生徒に話したことがある。そのとき、生徒は「嘘だ~!!」と笑っていた。僕自身も「嘘だ~!!」と思っているが、鳥越神社は将門と縁もゆかりもないのかといえば、どうもそうではないようだ。こちらのサイト によると、神社の紋である「七曜紋」は、将門の紋である「九曜紋」と同種と見做される。また宮司の鏑木家は、将門ゆかりの千葉一族の中でもかなり由緒のある家柄だ。鳥越神社は、れっきとした将門スポットと言えよう。


鳥越神社を後にした妖怪さんぽ一行は、最後の将門スポット・神田明神まで徒歩で移動した。


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上京してから3年以上経つが、僕は神田明神にも訪れたことがなかった。「行こう、行こう……」と思いつつ、足を運ぶ機会が無かったのだ。


1309年、当時の人々が将門の祟りを恐れたことが発端となって、神田明神に将門が合祀された。後に、徳川家康が関ヶ原の戦いに臨むに当たって戦勝祈願を行なった経緯もあり、江戸幕府は神田明神を江戸総鎮守として重視した。明治維新後は、平将門を逆賊とする風潮から、将門は神田明神の祭神から外された。しかし、1976年、平将門を主人公としたNHK大河ドラマ『風と雲と虹と』が放送された後、1984年、将門が再度神田明神に合祀されたのだ。平将門の地位が見直された時期でもあった。


以上の通り、神田明神は平将門と非常に縁が深い。そのような霊的スポットへ僕は初めて足を踏み入れたのだ。日が落ちてきて周りの人達の顔もはっきりと見えなくなっていく……そんな逢魔時……


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さすが人気の将門スポットだけあって、逢魔時でも参拝客が多い。


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神田明神の境内には、様々なモノが祀られている。上の写真は「銭形平次碑」だ。想像上のキャラクターの記念碑も存在するあたり、神田明神の懐の広さを感じる(笑)


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力石再び!!


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数多くの神社が整然と並んでいる光景は、八百万の神々が将門様を慕っているような印象を受ける。そんな中、駐車場の片隅にひっそりと並べられているお稲荷様↓


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自動車の排気ガスをもろに食らいそうな場所に、何故祠と狐の石像が置かれているのか?謎の光景であった(笑)


神田明神を一通り見て回った妖怪さんぽ一行は、平将門に思いを馳せたのだった。


後日、僕は、足の痛みに悩まされた。恐るべし、将門公の祟り!!(←単なる筋肉痛(笑))


ここで都内の将門スポットに関する薀蓄を一つ。


今回、妖怪さんぽで巡った神社等を線で結んでいくと、そこに北斗七星の形が現れるというのだ。北斗七星は、将門の守り神とされる妙見大菩薩の象徴である。将門スポットの配置と北斗七星の関係は、単なる偶然だろうか?いや、江戸幕府は呪術的な目的をもって将門スポットを配置していった、と考えた方が筋が通るのではないだろうか?


このような仮説については、加門七海先生が『平将門魔方陣』の中で述べられていることだ。『平将門魔方陣』を片手に将門スポットを訪ね歩くと、日本の呪術的風景の一端が垣間見えるはずだ。


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最後に、妖怪さんぽからのお知らせ。次回の妖怪さんぽは3月15日の土曜日に開催される。今年度最後の妖怪さんぽは、中野哲学堂と東京の猫スポットを巡る予定だ。


★3/15(土)妖怪さんぽ!中野哲学堂&大江戸の猫!


お時間のある方は是非参加してください!宜しくお願いします!!

[ 2014年03月13日 17:00 ] カテゴリ:妖怪さんぽ | TB(0) | CM(0)

妖怪さんぽ平将門編参加報告レポート(中編)~築土神社・将門の首塚・兜神社~

新宿区を後にした妖怪さんぽ一行は、東京メトロに乗って千代田区――平将門の首塚が祀られている東京の中心地――へ!


※新宿区散策のレポートは前回の記事を参照→「妖怪さんぽ平将門編参加報告レポート(前編)~鎧神社・鬼王神社・水稲荷神社~


まずは築土神社から。


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境内には「力石」が鎮座している。力石は、江戸時代、若者達の力試しに用いられたと言われている。


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力石の隣には、世継稲荷(よつぎいなり)がある。縁起によると、二代将軍徳川秀忠がこの地を訪れた際、橙(だいだい)の木を見つけて「代々(「橙」と同音)世を継ぎ栄える宮」と称賛したことから、「世継稲荷」と呼ばれるようになった。何と微笑ましいダジャレ!!(笑)


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築土神社を裏側から眺めると……


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ビルとビルの間に挟まれたお社の屋根――東京ならではの景観だ。都会の真ん中に神社があって独自の存在感をアピールしている。現代社会と神仏との共存共栄を目の当たりにし、僕は息を呑んだ。


東京メトロ大手町駅を出て、妖怪さんぽ一行は、遂に平将門の首塚へと辿り着いた!


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僕も東京に3年以上住んでいるが、「行こう、行こう……」と思いつつ、首塚には一度も足を運んだことがなかった。そんな僕は、首塚を陰気なイメージで捉えていたが、実際には明るい日差しの降り注ぐ健全なパワースポットだった。


平安京で晒されていた将門の首は、胴体を求めて東国へと飛んで行き、大手町の御手洗池に落下したと語り伝えられる。その伝承に基づいて、江戸時代に建立されたのが首塚だ。


この首塚は庶民の崇敬を集める霊場であると同時に、強烈な怨霊スポットとしても名高い。関東大震災後、大蔵省が首塚の上に仮庁舎を建てようとしたら、役人14人が怪死した。また、終戦後、アメリカ軍が首塚を撤去しようとしたら、ブルドーザーが転覆して多数の負傷者を出す事故が起こった。将門の怨念は健在で、彼を蔑ろにする者達を激しく祟るのだ。


一方、将門の首が東国に飛んで帰った伝承と必ず「帰る(カエル)」をかけて、首塚の周囲には蛙の置物が並んでいる。


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左遷されたサラリーマンや行方不明の子どもを持つ親が、蛙の置物を供えて「無事戻って来られますように」と祈願する。蛙達は、将門公の代理として、悲運を被った者達へ優しい眼差しを向けているのだろう。心癒されるのは、そこに将門公の慈愛を感じるからだ。


首塚から歩いて、目指す先は兜神社だ。兜神社の直ぐ傍には、「鎧の渡し跡」と呼ばれる将門関連スポットがある。


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立て看板を見る限り、将門の伝承はどうも付け足しのように感じられる(笑)東京の各地に散らばる将門伝説は、このようなケースが多い。元々あった伝承に、後世の人々が将門の伝承を付け加えたのだろう。そこに込められた意図とは……?想像してみると、とても面白い。


前九年の役で源義家が東征した際、岩に願を懸けて戦勝を祈願したと伝えられる兜神社。そのときの岩が、以下の「兜岩」だ。


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藤原秀郷(俵藤太)が将門の兜をこの辺りに埋めたという伝説もあり、将門関連スポットの一つにも数えられる。


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※境内の至る所に「兜」の文字が見られる。


兜神社を後にした妖怪さんぽ一行は、次なる目的地を目指して都営大江戸線に乗り込んだ。(続く)

[ 2014年03月04日 13:00 ] カテゴリ:妖怪さんぽ | TB(0) | CM(0)
プロフィール

みみずく先生@妖怪博士見習い


管理人:みみずく先生@妖怪博士見習い

都内で家庭教師業を営むみみずく先生です。日ごろ、生徒さんや保護者様とお話ししながら、密かに妖怪文化の普及に努めています(笑)

現在、家庭教師業の傍ら、在宅ライターとしてのお仕事もしています。数社から継続して依頼を受けています。ライターとしての更なるスキル向上を目指し、不定期でこちらのブログも更新しています。

妖怪関係の記事や趣味の記事がメインですが、好きな人やお店等も紹介していくつもりです。エログロ・オカルト・アングラ・サブカル等、ちょっと過激な記事も紛れると思いますが、苦手な方はそういう記事を読み飛ばしてください。

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